長谷部浩ホームページ

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2017年4月20日木曜日

【劇評72】永遠は憧れであり、残酷のまたの名。美輪明宏の『近代能楽集』

現代演劇劇評 平成二十九年四月 新国立劇場中劇場

老いの残酷は、ひとしく人間を襲う。けれど若い時代に美貌を誇った者ほど、容色の衰えは刑罰のように苛烈に襲ってくる。
三島由紀夫が能曲を新たに再創造した『近代能楽集』のなかから「葵上」と「卒塔婆小町」が二本立てで上演された。いずれも演出・美術・衣裳・音楽・振付、そして主演は美輪明宏で、稀代の表現者の美意識によって貫かれている。
それにしても、美とはいかに困難で複雑なものか。現代はシンプルなモダニズムがたやすい美の典型として多くの人間に好まれる。それに対して、悪趣味とそしられるのを怖れず、美とはつねに更新され、前衛的であるべきとの考えが一方に存在する。たとえば「葵上」では、琳派を思わせる巨大な裲襠とベッド、両脇にはサルバドール・ダリの溶けた時計をモチーフとしたオブジェやソファがある。電話台は裸体の彫刻の腹となっている。ここには腐りかけた階級だけが理解出来る美がある。大量生産品を拒み、決然と孤高であることを選んだ人間の屹立した姿がある。
しかし、「葵上」は、生霊の存在をまるごと信じられなくなった現代人にとっては理解できない構造を持っている。源氏物語の一挿話は、三島の出自たる階級とその言葉が崩壊したときに、決定的に滅びる運命にあったと今回の舞台を観てよくわかった。
また、「卒塔婆小町」は、若さの特権的な美を終戦直後の東京で占有した丸山(明宏)の神話によって胸を打つ。パンフレットに収められた輝かしいばかりの「男装の麗人」ぶり、それから九十九年には満たないまでも、遙かな時間が過ぎて、麗人はまぎれもなく老婆になった。それでもかつての舞台では、公園から鹿鳴館に場が替わったときに、舞台の中心でハチャトゥリアンの仮面舞踏会の華麗な音曲に乗って、中心で木村彰吾の詩人すなわち深草少将(少尉)と踊ることができた。けれど、今回は扇をかわりに舞わせるばかりで、美輪本人が踊る姿を見られない。その残酷が三島の物語に深く楔を打つ。
幕切れ、またしても老婆は贋の詩人にあって、幻想の恋愛を始めるのだろう。美と恋愛をめぐる永遠の連鎖。永遠は憧れであり、残酷のまたの名でもあった。五月三十日まで全国を巡演。

2017年4月19日水曜日

【劇評71】砕け散った鏡と内野聖陽のハムレット

現代演劇劇評 平成二十九年四月 東京芸術劇場プレイハウス

斬新きわまりない『ハムレット』(ジョン・ケアード演出、松岡和子訳)を観た。劇の冒頭、この作品でもっとも重要とされる台詞"Tobe, or not to be"に相当する訳「あるか、あらざるか、それが問題だ」が、ハムレット自身の独白ではなく、全体によって言葉になる。
この訳はこれまでの松岡和子訳「生きてとどまるか、消えてなくなるか、それが問題だ」とは異なっている。パンフレットを見ると翻訳の下に、上演台本として、演出家のジョン・ケアードと、今井麻緒子のクレジットがあり、台本を作成するために、既成の松岡訳(ちくま文庫版)そのままではなく、演出家の意を受けた変更が行われたとわかる。飜訳者にとっては、過酷な作業があったろうと想像がついた。
近現代のハムレット像は、胡桃の中の世界に閉じこもり、世界の苦悩をひとり引き受ける陰鬱な青年であった。しかし、デンマークの王子で、理不尽な運命に翻弄されたとしても、キリストのように世界全体を引き受けるような時代は明らかに去った。演出家の蜷川幸雄は『ハムレット』について、「彼は世界の中心でいられなくなってしまいつつある。主人公が時代を映す鏡だとしたら、その鏡は砕けきって、つなぎあわせない限り、ひとつの像を結べなくなっている」(『演出術』ちくま文庫)と語っている。
こうした認識をジョン・ケアードは、さらに発展させる。ハムレットの苦悩を分かち合う存在として親友のホレーショー(北村有起哉)がいるが、忠実な臣下であるよりは、あたかもハムレットの分身であるかのようだ。また、松岡自身がパンフレットに書いているが、ハムレットはラストシーンで、甲冑をかぶると新しい世代を代表するフォーティンブラスとなる。つまりは、ハムレットの内野聖陽は、この二つの役を兼ねるわけだ。
また、これ以降は、すでに作品をご覧になってからお読みいただきたいが、第四幕第五場で狂いのなかにあり、さらに溺死してしまうオフェーリアは、ハムレットとレアティーズの剣の試合を司るオズリックとなるのだ。狂気のさなかで死んだ若き女性は、銀髪の廷臣となってあたかも転生したかのようだ。つまりは貫地谷しほりは、オフェーリアとオズリックの二役を兼ねることになる。
おそらくは他に類例が少ないだろうこの二役によって、私という存在がいかに世界と向き合うかを考え詰めてきた近代的自我が、やすやすと分裂してしまう。ハムレットの中断された権力への意志は、フォーティンブラスとなってこの世界に生き延びる。誤りとはいえ愛するハムレットにわが父を殺された無念がこの世にまだ彷徨っていて、オズリックに乗り移ったとも考えることができる。
さらに悪であることに怯まない國村隼のクローディアス、自己の分裂をやすやすと受け入れる浅野ゆう子のガードルードの好演によって、ハムレットとオフェーリアは善で被害者、クローディアスとガートルードは悪で加害者といったような二分法が崩れ、四者の関係がつねに自在に動いていると実感させる。
さらにいえば、山口馬木也のローゼンクランツや今拓也のギルデンスターンも、単なる愚かな道化役ではない。クローディアスに忠実な小悪党ではあるが、才能や倫理感に恵まれないふたりでさえも、与えられた短い生を懸命に生き延びようしている。
つまりは、すべての登場人物によって、冒頭のように、「あるか、あらざるか、それが問題だ」と呟き続けているように思える。この問題から逃れられる人間などこの世界には存在しないのだと語っている。
書き落とせないのは、もっとも重要な準主役の壤晴彦のポローニアス、村井国夫の墓堀りの存在だろう。愚かさと賢さは表裏一体であり、いずれにしろこの世におさらばすれば、しゃれこうべとなって、冷たく湿った地の下に眠る他ないのだと語っている。その断念の深さ、生の残酷さが胸を打つ。
幕切れについて書く。未見でありながら、ここまで読み進めてしまった読者は、このあたりで中断をおすすめする。
『ハムレット』の幕切れは、ホレイショーをのぞく主要な人物がすべて死ぬことで知られている。死屍累々のなかで、ホレイショーは天を仰ぎ、救済を求めるように両の手を伸ばす。倒れていたクローディアスもガートルードも舞台奥の明るい彼方へと去って行く。フォーティンブラスは兜を脱ぎ捨てて、彼方へ去る。オズリックも銀髪を脱ぎ捨てて彼方に去る。舞台奥の彼方は死後の世界なのか。それとも人類の墓場なのかはわからない。暗闇のなかにひとり取り残されたホレーショーは能舞台でいえば橋懸かりに相当する舞台左袖へと伸びる通路を重い足取りで去って行く。
私にはこの光景は、地球の生物がすべて死に絶えた後に、神の意志で一人残された者に思えてならなかった。死ぬことはだれでも出来る。けれど死ぬことさえも許されない者がいる。テロと内戦のただなかにいる人類は、この警鐘に耳を澄まさなければならない。二十八日まで。

2017年4月18日火曜日

【劇評70】自らの狂いに知性的な大竹しのぶのフェードル

 現代演劇劇評 平成二十九年四月 シアターコクーン 

ラシーヌの『フェードル』をほぼ十五年ぶりに観た。前回、観たのはパリでの公演だったから、戯曲の言葉から立ち上がるこの悲劇を観るのは、ずいぶん久しぶりになる。
栗山民也演出の今回の『フェードル』は、装置といい、照明といい、衣裳といいスタッフワークは、フランス演劇の趣味を強く意識している。おそらくは独特な言葉の文化によって支えられた台詞劇を現代日本で成立させるためには、このような手続きが必要なのだろう。
さて、義理の息子への若き母の恋慕を主な筋とした『フェードル』は、歌舞伎の『摂州合邦辻』との類似がつとに言われる。けれど「合邦庵室」のみならず通しの上演と比較しても、ラシーヌの戯曲は緻密かつ異様なまでに理性的である。自らの狂いに対して知性的な人間を描いたといったらいいすぎだろうか。あるいはこう言いかえることも出来る。自らを狂わせるだけの知性をそなえている。
この至難な戯曲を成立させるためには、ハムレット役者に相当するフェードル役者がいなければならぬ。円熟の極みにある大竹しのぶがあっての上演であり、その感情の振幅は激しく、表情の豊かさは大海を思わせ、朗唱の技巧は冴え渡っている。イポリット(平岳大)への想いを募らせる前半、そしてエノーヌ(キムラ緑子)の奸計に乗せられいたものが、いざ夫のテゼ(今井清隆)が健在とわかり、すべてが破綻するとエノールを追い出す身勝手さ。可憐なアリシー(門脇麦)への残酷まで、すべてが圧倒的であった。
女優大竹しのぶは、蜷川幸雄演出の『欲望という名の電車』(二〇〇二年)、『エレクトラ』(二〇〇三年)、『メディア』(二〇〇五年)において、等身大の人間を超越した存在を演じる資質はすでに証明済みだったが、言語と身体の極限に位置するこの戯曲全体を圧するだけの力量に達しているとは驚嘆せざるを得ない。谷田歩のテラメーヌ、斉藤まりえのパノープ、藤井咲有里のイスメーヌ、いずれも品位をそなえて行儀のいい演技である。今年度を代表する舞台と早くも出会った。三十日まで。Bunkamuraシアターコクーン。

2017年4月4日火曜日

【劇評69】春宵一刻値千金。吉右衛門、菊之助の「吃又」

歌舞伎劇評 平成二十九年四月 歌舞伎座

春宵一刻値千金。
書き下ろしの仕事も一段落して、あとは刊行を待つばかり。今月からこのブログによる劇評もそろりそろりと再開します。

四月大歌舞伎
の昼の部は、鴈治郎、扇雀を中心に右團次、門之助、松也らと若手がこの春を言祝ぐ『醍醐の花見』。こうした俳優の個性をゆったりと楽しむ踊りには、理屈はない。ただ、春宵ならぬ春の昼をかけがえのないものとして味わう気持、さらにいえば、この一刻はもう二度と戻っては来ない無常観が現れればなおよい。思えば季節は、俳優のそして歌舞伎の人生の比喩ともなりえるのだった。

次いで『伊勢音頭恋寝刃』の半通し。おなじみの油屋に至るまでの三場。追駆け、地蔵前、二見ヶ浦は、特に前半、近年幹部となった橘三郎、橘太郎のチャリを含めた身体のこなしを楽しむ場となった。
染五郎の貢、猿之助の万野が初役。秀太郎が万次郎に回るなど清新な配役だが、幕が開いて二日目とあって、まだお互いの息を見定めている段階だったのだろう。染五郎は生真面目な御師が狂気へと至る過程を唐突な飛躍ではなく、辛抱の末ととらえて、順を追って埋めていこうとしている。
猿之助の万野には、ふっと六代目歌右衛門の影がよぎる。この役は単に狂言回しではなく、この廓を仕切る中心にある、いわば精神のようなものだと認識している。その万野の覚悟をにじませようとしているのが特長だ。代役で替わった京妙の千野とともに、表面はにこやかで美しい仲居たちの底意地の悪さがよく出ていた。料理人喜助は、松也。色気があるこの人を喜助とは驚いたが、それでも役にしてしまうところがこの人の進境。梅枝のお紺は魅力にふくらみがあって、いずれは『籠釣瓶花街酔醒』の八ッ橋へと進むだけの才質がそなわっていると確認できた。米吉のお岸に善良さがあり、このあたりは俳優の持ち味で大切にしたい。萬次郎のお鹿は腕のある人だから文句はない。顔の化粧は控えめでも十分説得力があるだけの力量がそなわっている。

昼の部の切りは、時代物の大物『熊谷陣屋』。幸四郎の熊谷は「出」から赤っ面で、従来の團十郎型に、芝翫型を取り入れる意欲にあふれている。刻々と心理の動きを描写するのではなく、ただ、自分の犯した罪科に身を苛んでいく男の鬱屈した精神がありのままに伝わってきた。本来、近代的な芸質の役者だが、今回時代物を新しいやり方で乗り越え、自分のものとしたい覚悟が伝わっていた。ただ、次回、手がけるのであれば、芝翫型をより積極に取り入れ、花道をひとりで引っ込む演出を疑うところにまで踏み込んでもらいたいと思った。相模は猿之助。夜の『奴道成寺』とともに大活躍だが、この熊谷の妻も沈潜して、ひたすら辛抱する役だけに年季がいる。
あるいは、猿之助の将来はこうした武家の女房の大役になるのではと思う。それだけに、順を追って手がけ、ひとつひとつの積み上げが大切になる。あせらず、迷わず、歌舞伎座を背負う大きな女方として大成してもらいたい。

夜の部の『傾城反魂香』は、吉右衛門の手に入った当り役だが、菊之助のおとくを得てこれまでとは一変した。本来、吉右衛門は実悪、しかも国崩しまでできる英雄役者だと思う。又平は一介の大津絵師であり、これまでは大きな身体を持てあまして、吃音に苦しむ小心な男を演じていた。今回は違う。英雄役者が又平を演じるのではない。ただひたすら絵師として、人間として大成したい心持ちの又平が、ごく自然に舞台にいるのだ。だからこそ、心持ちが若くなる。これから出世していきたい、土佐の名を許されれば本当にありがたい。ひたすらな願いと率直な野心が宿る又平であった。
人生には岐路がある。この時を逃せば、もう、未来はないのかもしれぬ。立身出世のとばくちに立った男の切実な真情が伝わってきた。すでにこの役を見事に演じてきた名優が、新たな気持ちで役の性根をとらえ直す。この青年のような若さは、いったいどこから生まれたものか。俳優とはいつなんどき、どんなきっかけをも生かして変化していく。そんな力を持つのだと実感した。

菊之助のおとくは初役。女方としてきっちりと裏の仕事ができること。生来、恵まれた声を生かしていること。いずれもいいが、おとく役の少しくどい灰汁のような性格は、この俳優にはないものだろう。そのかわりに又平の絵師としての才能を微塵も疑わない率直さ、まっすぐさがあってふたりの関係が清涼なものとなった。しゃべらない、しゃべりすぎのお互いの欠点を補い合って夫婦関係が成り立っているのでない。まず又平の才能への信頼、そしておとくの真摯なありかたに又平はたよっている。この情愛がよいかたちで出た。

さて、お半、長兵衛の『帯屋』。ただひたすらうつむいて耐えている辛抱立役の長兵衛を藤十郎が勤める。染五郎の儀兵衛、扇雀のお絹、長吉、お半二役の壱太郎、隠居繁斎の寿治郎、義父おとせの吉弥と脇が見事に揃って、上方狂言らしい言葉の綾と綾がからみあう執拗な劇として成立している。
とりわけ嫌味な義弟を演じる染五郎、屈辱のなかでも家を守り通そうとする女房の扇雀が飛び抜けていい。
お半が書き置きを戸口に残して花道を去る。下駄にのったその手紙を見つけた長兵衛はあかりのある家内に戻るがその階段で藤十郎が転ぶアクシデントがあった。その場では無事なんともなかったが、藤十郎の年齢を考えるとこの件りをやや簡略化する手立てもあるのではないか。

最後は猿之助の『奴道成寺』。まったく過不足のない出来で、才質を見せつける。娘道成寺以上に、三ッ面を使うなど趣向の芝居なので、全体のおおらかな雰囲気を忘れないのが肝要だ。細部がよくできているからこそ、全体が取り落とされる危険がときにある。幕切れ、金の鱗をまとって大袈裟にならずにさらっと終えたのは粋であった。(三日所見。二十六日まで)

2017年3月29日水曜日

【閑話休題63】虚ろで浮遊したような感触。

 書き下ろしを終えた後は、必ずといっていいほど空虚な感じに心身がとらわれてしまう。これまでのような張り詰めた毎日は、もうないのだ。開放感があってもよさそうだが、何か虚ろで、浮遊したような感触にとらわれてしまっている。
「権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代」は、表紙や帯のデザインも決まった。帯の背表紙側には、あとがきの冒頭部分が抜いてある。

修羅の人だったと思う。
私が知るのは稽古場の蜷川さんに限られるけれども、みずから修羅場を引き寄せ、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、人生のすべてをその場にいる人々と共にした。まぎれもない成功者ではあったが、その意味で蜷川幸雄の舞台人としての人生は、決して安楽なものではなかった。絶望のなかで、かすかに希望を見いだす舞台に全力を投じて一生を終えた。

本来は、野田秀樹の『パンドラの鐘』を演出した章の冒頭のために書いた。若い友人のアドバイスに従って、この部分をあとがきに持ってくることにした。はじめに書いたあとがきは、寂しく暗い空気に包まれていたが、改稿によって、かすかな希望が見える文章になった。
もう、原稿は私の手を離れて編集者のもとにある。あるいは三校で頁調整の仕事があるかもしれないが、大勢には影響がない。あとは見本本が出来るのをのんびり待つばかり。4月のはじめからは、新学期がはじまり、勤務先の大学の仕事に追われることになる。しばらくは、この空虚感を味わっていたいと思っている。

2017年3月15日水曜日

【閑話休題62】『権力と孤独』最終コーナを回る。

これが最後の書き下ろしになるかもしれない。そんな危機感を持って全力で直しを行う。今日、あとがきの初校が出たけれども、これも大幅に改稿して書き足す。

書き下ろしに慣れると、日頃の短い原稿がたやすく思えてくる。10枚や20枚の原稿なら、軽々とできるような錯覚に陥る。短い原稿には短いなりの難しさがあるのを忘れそうになる。危険だなと思う。
明日は、再校を読んだ校正者から、再度の赤が入ったゲラが戻ってくる。さらに全体を見直すことになるけれど、ほぼ再構築は終わって、あとは細部を確認するだけだ。最終的な戻しは23日。私はこの再校で手を離す。三校はとるけれども、編集者のNさんにお任せする。

ベテランの俳優から「ようやく芝居が少しはできるようになったと思ったら、今度は台詞覚えが悪くなった」と冗談交じりの警句を聞いたのを思い出した。

以前は、本を出すごとに3キロから5キロ痩せた。もう、そんなに痩せたら持たないので、しっかり食べて寝るようにしています。

何度か書き下ろしを経験して、ようやくペースのつかみ方や全体の構築の仕方が身についたなと思った頃には、気力体力に衰えが目立ってくる。

甘いといわれればそれまでだけれど、書き下ろしが続いたので、今度の仕事が終わったら少し休んで、ジムやプールに通って体力を取り戻さなければと思う。

2017年3月12日日曜日

【お知らせ】今月は劇評をお休みする予定です。

すでにお知らせしていますが、現在『権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代』(岩波書店 4月21日発売予定)の再校を抱えています。今月末までは、
その最後の詰めにほとんどの時間を費やしています。誤字脱字や事実誤認の訂正ももちろんですが、この再校が私にとっては校了となるために慎重になっています。
本当にちょっとした言い回しを変えていくだけで、章ごとの印象が変わり、全体にも響いていくのがよくわかります。
このところ書きたい舞台はあるのですが、劇評が滞っているのはそのためです。

劇場でも声を変えてくださる方が増えたのは、このブログに写真を掲載したからでしょうか。
いずれにしろ、半年続いた書き下ろしの大詰めです。ここで緩みのないように校正刷りと向かいあっていきます。
どうぞ、ご理解くださいますように。


また、さまざまな方から、このブログの「お問い合わせフォーム」を通じてお言葉をいただき励まされています。
ありがとうございました。

2017年3月5日日曜日

【閑話休題61】十代目坂東三津五郎三回忌追善

 今月の歌舞伎座「三月大歌舞伎」には、十世坂東三津五郎三回忌追善と副題のついた「どんつく」が出た。
この踊りには想い出がある。十代目がはじめてこの演目を歌舞伎座で出したのは、平成十五年八月。親方は歌昇(現・又五郎)、白酒売は勘九郎(故・十八代目勘三郎)大工は橋之助(現・芝翫)藝者は福助、田舎者は弥十郎、門礼者は獅童、太鼓打は勘太郎(現・勘九郎)子守は七之助、町娘は孝太郎、若旦那は扇雀という顔ぶれである。「現」とか「故」とか書かなければならないような過去になってしまった。
十代目のどんつくは顔ではなく、全身から愛嬌があふれ出る踊りで申し分がなかった。ただ、雑誌の演劇界に書いた劇評には、奥に座っているときに、踊りの家元として厳しい目を出演者に注いでいるように見えた、とかそのような意味の評を書いた。それほど十代目は坂東の家の踊りに関して、厳しい判断基準を持っていたと思う。こうした大勢で踊るときは、遠慮もあるだろう。何から何まで差配するわけにはいかない。特に角兵衛の巳之助が出演していたとき、険しい目になったのを覚えている。
その巳之助が三度目にして、はじめて、父が踊ったどんつくを勤めた。もちろん、まだまだではあるが、大きな山に取りついた、麓から登りはじめ、四合目、いや五合目までたどりついた。こんなにも努力を重ねている。胸があつくなった。
平成十五年に戻る。劇評が出て、しばらくして、十代目と会う機会があった。
「そんなに厳しい目をしていた?」
たぶん、思い当たる節はあったのだろうと思う。私に少し気を遣いつつ、にこにこしながら訊ねた。どんなふうに弁解というか、説明したのかは、もう忘れてしまった。
ああ、三回忌か。今年の命日は、新しい著書の初校ゲラ戻しと入試の業務が重なって、墓参りにも行けなかった。家で少し静かに、十代目三津五郎を聞き書きした本を取り出して読んだ。ありがたかったな、感謝の気持ちが湧いてきた。今日の舞台も、巳之助の努力と懸命さをどんなによろこんでいるだろう。そんなことを考えた。
先月の歌舞伎座では見知らぬご婦人に「三津五郎さんの言葉を残してくださってありがとうございました」と懇切な挨拶を受けた。今日は、十代目が好きだった赤坂の店の女性とあって少しお話をした。まだ、劇場のあたりをにこにこしながら歩いているような気がしてならなかった。

2017年2月8日水曜日

【劇評68】『足跡姫』阿国と猿若勘三郎の魂

現代演劇劇評 平成二十九年一月 東京芸術劇場プレイハウス

『足跡姫』(野田秀樹作・演出)を観た。
野田が歌舞伎界に進出した『野田版 研辰の討たれ』が二重写しになる作品となった。『野田版 研辰の討たれ』は、いうまでなく、十八代目中村勘三郎、十代目坂東三津五郎との共同作業で生まれた新作歌舞伎である。敵討ちを大義とする武家社会のなかで、刀の研ぎ屋あがりの辰次(勘三郎)が、誤って家老(三津五郎)を殺してしまったために、子息ふたり(染五郎、勘太郎・現勘九郎)に追われるが、ついには満開の紅葉の下で捉えられる。自らが切られるための刀を研ぎつつ辰次はいう。
「お研ぎします。お研ぎします。研げといえば、お研ぎします。根は研屋、武士になろうなどと思った私が痴れ者、研いでおります、研ぎまする、研いだ刀で討たれまする。散るのは春の桜ばかりじゃねえや、枯れた紅葉もこれが終わりと、おのれの終わりと知りながら散っていきます、散りまする。生きて生きて、まあどう生きたかはともかくも、それでも生きた緑の葉っぱが、枯れて真っ赤な紅葉に変わり、あの樹の上から、このどうということのない地面までの、その僅かな旅路を、潔くもなく散っていく、まだまだ生きてえ、死にたくねえ、生きてえ、生きてえ、散りたくねえ、と思って散った紅葉の方がどれだけ多くござんしょう」
一度は助かったと思った辰次は、引き返してきたふたりに惨殺される。その死体に一葉の紅葉がふりかかり、カヴァレリア・ルスティカーナが、琴、胡弓、尺八で流れる。
初演は二〇〇一年八月だから、当時勘九郎を名乗っていた勘三郎は四十六歳。自分が死ぬなどとは遠い未来と思っていたに違いない。
野田秀樹は『足跡姫』宣伝のためのチラシで「作品は、中村勘三郎へのオマージュです。」とはっきり書き、「もちろん作品の中に、勘三郎や三津五郎が出てくるわけではありませんが、「肉体の芸術にささげた彼ら」のそばに、わずかの間ですが、いることが出来た人間として、その「思い」を作品にしてみようと思っています」としている。
『足跡姫』を二度観て、この「思い」があふれる舞台に強く胸を動かされた。
劇のしつらえは、野田作品にはめずらしく、時間が直線的に流れ、空間をまたぎこすこともない。ふたつの時空がパラレルに叙述されるのではなく、過去から現在へと流れていく。ならば、平易かというと、そんなことはない。将軍の前で舞台を披露したいと願う「三、四代目出雲お国」(宮沢りえ)と、狂言作者をめざす阿国の弟「淋しがりサルワカ」(妻夫木聡)が、はじめ「死体」と思われた「売れない小説家」(古田新太)と出会うことで、舞台で起こる事件の虚実が曖昧になっていく。象徴的なのは4度に傾斜した「開帳場」の舞台には、盆が切られているばかりか、セリを思わせる穴が上手、下手にしつらえられているところだ。
一六〇三年頃に成立した阿国の女歌舞伎踊りが、数々の禁制を受けながら、一六二四年に猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が江戸中橋に櫓をあげるまで。初期の阿国は当時のかぶき者といわれた若者が茶屋に通う姿を男装して扮したという。また「猿若」と呼ばれる道化役の滑稽な藝もからんだという。また、のちにはかぶき者として名を馳せ、斬り殺された名古屋山三郎の亡霊を登場させるたともいう。野田は資料の乏しいこの期間に何があったのかを奔放な想像力で埋めようとしている。
執拗に問われているのは、舞台で人が死ぬ演技だ。舞台では殺しの場面が古今東西、頻繁に上演されるが事故がないかぎり、役者が死ぬことはない。幕が閉じれば、立ち上がって楽屋に去って行くと誰もが知っている。この虚の上に成り立っている俳優と観客の共犯関係があるならば、本当に死んでしまった勘三郎や三津五郎の死も、幕さえ引いてしまえば、なかったことになるのではないか。ひょっこり生き返ってくるのではないか。そんな切ない夢想が全体を覆っている。
歴史上の阿国の踊りもその初期はストリップまがいの色気にあふれた群舞だったろう。けれど図像に残されている異形の踊りが、演劇の体裁をとるためには「筋」が必要だ。傾城買からはじまったとされるが、淋しがりサルワカが苦悶するのは、この「筋」であり、物語が成立したとたん、またしても虚実が入り乱れる構造になっている。
こうした構造をさらに攪拌するのが、穴のなかから現れた謎の「戯けもの」(佐藤隆太)であり、阿国の座を狙う「踊り子ヤワハダ」(鈴木杏)であり、一座を率いる吉原あがりの「万歳三唱太夫」(池谷のぶえ)なのであった。佐藤の野性、鈴木の豊潤な色気、池谷の迫力とよい間。いずれもすぐれている。
とりわけ、「伊達の十役人」(中村扇雀)は、大岡越前を思わせる好色な役人を中心にさまざまな役人を演じ分ける。この演じ分けにも劇作上の必然性があるわけではなく、物語の単純化を妨げるための混乱を作りだす役割を負っている。野田自身は、「腑分けもの」という死体の腑分けを望む男を演じているが、この人物も作品世界が一方向に安定するのを嫌って、舞台の空気をかき混ぜ続けるのだった。
おそらくは病院で管につながれた勘三郎を見守り、ふとしたうわごとを聞き、奇跡が起こってくれと願い続けた人間野田秀樹の錯綜した思いを、できるだけ整理整頓を行わず、謎に包まれた阿国とその一座の行方に託したのが『足跡姫』であった。
親しい友人ふたりが、六十歳にも満たない年齢でこの世を去った。ともに芝居を作ってきた野田秀樹にとってどれほどの喪失感だったことか。決して取り戻すことのできない「肉体の芸術」は、新しい肉体で再び舞台を埋め尽くすしかない。そんな決意が籠もっていた。『足跡姫』を感傷的に観るのはたやすいが、喪失感のなかに、一筋の希望を持ち、舞台芸術の連続、舞台に立つ役者の魂を信じる姿勢が際立っていた。
勘三郎と三津五郎のよい供養となった。などと真面目にいうと「しゃらくせえ」と野田は混ぜっ返すだろう。東京芸術劇場の切り穴は、世界の向こう側ではなく、東銀座の歌舞伎座花道のスッポンと地下で繋がっている。その通路をくぐって、粋でいなせな二人が、ふっと劇場に姿を現すような気がした。
三月十二日まで。東京芸術劇場。

2017年2月4日土曜日

【劇評67】三代目中村勘太郎、二代目中村長三郎の幼いふたりの門出。

歌舞伎劇評 平成二十九年2月 歌舞伎座
二月歌舞伎座は、菊五郎を座頭とした大一座。猿若祭二月大歌舞伎と題して、初代猿若勘三郎以来の中村屋の隆盛を言祝ぐ。
なんといっても見どころは、夜の部の『門出二人桃太郎』。三代目中村勘太郎、二代目中村長三郎の幼いふたりの襲名を、幹部がめでたく盛り上げる。ふたりの一挙一動が注目の的になる。染五郎の犬、松緑の猿、菊之助の雉も大活躍。ふたりの父、勘九郎と伯父、七之助の優しい気配が胸を打つ。祖父、十八代目中村勘三郎が見たらどれほど喜ぶことか。こうした感興がわき起こるのも歌舞伎見物の楽しみである。
今月は昼の部と夜の部にそれぞれ一本、江戸の風俗劇が出た。
昼の部の『四千両小判梅葉』は、黙阿弥の作でもそれほど頻繁には上演されない。けれども捨てがたい魅力がある。菊五郎が演じる冨蔵が店を持たず、おでん屋に身をやつしている風情や昔の仲間が博奕に負けてたかりにくるあたりに、いつの世もいる悪党たちの絆が見えてくる。團蔵の生馬の眼八がいかにも憎々しい。絆ばかりではなく、憎悪もまた悪党たちのあいだには欠かせない関係性なのだ。その複雑な関係性を、まるで儀式のように見せてくれるのが、第三幕第一場、伝馬町西大牢の場で、秩序立った人の配置と、貢ぎ物や折檻をみているうちに、これは現在の会社組織でも、あまり変わらないのではと皮肉な気持になる。菊五郎の台詞回しは、さらさらとして作為を消し去っている。藝境がさらに淡々と澄み渡っているのがよくわかった。
夜の部は『梅ごよみ』。近年は、玉三郎、勘三郎によって演じられてきた仇吉と米八を、今回は菊之助と勘九郎が演じる。羽織芸者といわれて粋でいなせな深川の花柳界、染五郎の丹次郎をめぐった恋の達引きが縦糸。さらには御家の重宝をめぐる忠義が横糸。練りに練った仇吉と米八のやりとりを、基本を守りつつ、おもしろく見せて、肩がこらない。染五郎は女性からはだれからも言い寄られる色男を演じてなるほどと納得させる。菊之助は、仇っぽい芸者は本役ではないだろうが、すっきりとした色気がある。勘九郎は父譲りの口跡で、裏切られた女のくやしさを見せる。ああ、こんなこともあるよね、と観客をうなずかせる。木村錦花の才筆が、春を迎える喜ばしい空気とともに味わえる。二十六日まで。

【お知らせ】蜷川幸雄評伝を書き終えました。

 しばらくブログの更新が滞っておりました。
昨年の九月から、一昨日まで書き下ろしに取り組んでおりました。『権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代』(岩波書店)です。亡くなった演劇人について書くのは、昨年二月に文春新書から出した『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』以来です。亡くなってから間もない近しい人物について一冊書くのは、精神的にも肉体的にも厳しいものがあります。言い方が適切かどうか分かりませんが、常にその方々が頭の隅にいる、棲みついているような感触といったらいいでしょうか。ブログの更新には、気持が回らなくなり、書き下ろしに専念しておりました。
おかげさまで四百字詰め原稿用紙で、四百四十枚の文章ができあがり、入稿を済ませたところです。
まだ、あとがきは書いていないので、ここであとがきに似た文章を書くのは差し控えます。
また、今年は現代演劇、歌舞伎いずれにも偏ることなく自由な評論活動を続けていきたいと思います。気ままな更新になると思いますが、どうぞご愛読くださいますように。

2017年1月9日月曜日

【劇評66】絶対はない。

 歌舞伎劇評 平成二十九年一月 歌舞伎座
新春の歌舞伎座。大阪を含めて五座開いているが、さすがに大立者を結集し、新しい春を言祝ぐ雰囲気に包まれていた。
昼の部は真山青果の『将軍江戸を去る』から始まる。染五郎の徳川慶喜、愛之助の山岡鉄太郎の新たな顔合わせだが、様式よりは心理に傾く新作歌舞伎で、このふたりによって、青果のこの戯曲が、武士社会の階級をともなうぎりぎりの変動をも描いた舞台だとよくわかった。愛之助の山岡は、第一場の上野彰義隊の場。黒門を押し入ろうとする鉄太郎と、とどめようとする彰義隊新頭取の天野八郎(歌昇)のぎりぎりのやりとりが面白い。歌昇の若さが切実さと悔しさを滲ませる。山岡は旧体制の権力者で義兄にあたる伊勢守(又五郎)に救われて寺内に入る。青果にとっては、将軍慶喜を説き伏せる山岡もまた、時代を動かす人間を気取ってはいるが、旧体制の権威の元にある人間にすぎないのだ。そのテーゼは、眼目の大慈院対決の場でよくわかる。徳川慶喜と山岡鉄太郎、水戸学をめぐって、勤王、尊皇の語句論議をするが、これは言葉の争いに見えて、武士階級の終焉を、いかにかりそめの論理で納めていくかの言語ゲームとなっている。染五郎、愛之助は、できるかぎり台詞を歌わずに、幕府の終焉ではなく、武士階級の終焉と新しい権力体制の誕生を受け入れざるを得ない人間たちのドラマとしている。
従って、将軍が千住大橋を渡って、江戸を去る場も、情緒的に流れない。新しい朝が来た。そして、新しい時代へと動いていく。役割を失ったプレイヤーは、この場所を去るしかない。そんな諦念が滲んでいた。
続く『大津絵道成寺』は、愛之助にとってはめずらしい大曲の舞踊。『京鹿子娘道成寺』を趣向で大津絵の世界に移している。外方(所化)と唐子の登場が新鮮に見える。
変化物で五役を踊りきるが、やはりいなせな船頭が本役。本来女方ではない愛之助が、藤娘の姿でまったく不自然を感じさせないのはむずかしいことだ。背中がどうしても立役に見える瞬間がある。また、鈴太鼓の鳴し方が正確ではないのが気になる。種之助の犬が健闘。染五郎は『矢の根』の五郎で、押し戻しを勤め、正月らしい曽我物の情趣を加えた。
さらに吉右衛門の十兵衛、歌六の平作による『沼津』が、思ったほどには、ふるわない。今、絶頂の大立者だから、すべてがよいわけではない。ひとりが絶対ではなく、顔合わせと演目によって、その出来は決まる。
吉右衛門の十兵衛はすでに手に入っていて悪いはずはないが、平作を歌六が生真面目なままに造形していて、頼まれた荷を依頼した十兵衛に背負わせてしまう愛嬌に乏しい。確かに老いの辛さ、厳しさは伝わってくるが、それだけに、全編を通して、押し出された老いに、周囲が屈服していく劇になってしまっている。老年が多くなった時代状況によって、この芝居も見え方が観客にとって、さらに深刻になっていくのだろう。注意が必要だ。
花道で、ころんだ傷に大事の薬をつける大切な場面がある。ここには達者な吉右衛門と歌六にリアリティがある。けれど、後段に向かって、伏線を敷いている場面だけに、「筋売り」ではなく、ふたりの交感、根本には、洒脱さがあってほしい。
雀右衛門のお米は、襲名を経て、役者ぶりが一回り大きくなった。出は相変わらず可憐だが、刻々と移り変わる局面で、こころのうちを変化させていく。また、受けの芝居が、芯の役者の邪魔になるどころか、相手役を助ける力ともなっている。盗みの試みが発覚して、父に「堪忍してください」とすがりつくところの芝居も大仰にならず、説得力があった。
夜の部は、幸四郎の井伊直弼と玉三郎のお静の方、雀右衛門の昌子の方による『井伊大老』である。北條秀司による季節の移り変わりと、天候によって日々を送る人間の哀しさ、辛さを繊細に書いた新作歌舞伎。
この顔ぶれに不足はないが、幸四郎、玉三郎がニュアンスを出すために、ちょっとした笑い声やしぐさの入れごとで芝居を運んでいるのが気になる。あまり過度にすぎるとふたりの真情が見えにくくなり、彦根での貧しい生活を思う気持を信じられなくなる。
ふたりの衣裳も問題。とてもいい趣味だと思うが、大老の家とはいえ、華美に傾いてはいないか。
富十郎の遺児、鷹之資が上『越後獅子』を踊り、真摯でひたむきな踊りを見せる。下は、玉三郎の美意識に貫かれた『傾城』。
切りは染五郎の松浦公、愛之助の大高源吾による『松浦の太鼓』。年の暮れの淋しさと念願が成就した歓びが、年末から正月への時の移り変わりと重なり、普遍性を持つ。染五郎は、癇性を持つが、実は包容力もある松浦の殿様を、いささか粘着質に描く。句を詠み上げるときに、俳諧という芸への愛着が見えるのは、出色でこの人ならではの台詞の調子のよさが全体を支えている。また、愛之助の大高源吾は、大仰な人物に作りすぎていないのがかえっていい。忠臣蔵の物語のなかでは、大石内蔵助らと比べると、脇を守る心がけのよさがある。
なんといっても『松浦の太鼓』のみどころは、狂言回しとなる宝井其角の出来であろう。左團次は年齢とともに成熟を重ねて、この思慮深い好人物をよく演じている。無駄をよくはぶいて、力まない。それこそ俳諧の奥義に達した人物の境地だろうと思う。二十六日まで。

2017年1月8日日曜日

【雑感1】演劇界回顧

雑誌「悲劇喜劇」に、2016年演劇界の回顧を書く。演劇界の中心が、つねに揺れ動き、変化しているのが分かる。特に昨年は蜷川幸雄の死があったので、とりわけそのような感想を持った。

2017年1月6日金曜日

【閑話休題60】新年のご挨拶

新年のご挨拶をいたします。

みなさま、どうぞ、ご健勝で、こころ安らかにお過ごしくださいますように。

ご報告がございます。
昨年、9月から執筆をはじめてきた『権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代』(岩波書店)の、
第一稿が昨年、12月の終わりに完成しました。
これからは、この稿を改めつつ、入稿をめざしていきます。

書き下ろしに着手してから、このブログの更新も滞っていましたが、
お許しくださいますようお願いします。