長谷部浩ホームページ

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2017年5月28日日曜日

【劇評78】安全な食をめぐって。イキウメの新作

現代演劇劇評 平成二十九年五月 東京芸術劇場シアターイースト 

現代演劇の地図は、蜷川幸雄の死によって大きく変わりつつある。そのなかで、野田秀樹やケラリーノ・サンドロヴィチとともに重要な位置を占めるのは、前川知大とイキウメである。奇想にとんだ劇作、役者の身体を生かした演出、個性的で観客への訴求力のある俳優。現在最高の水準を保つ劇団のひとつである。なかでも俳優たちが、演技に誇りと自信を持っている姿を観るとすがすがしい気持になる。
新作『天の敵』(前川知大作・演出)は、二〇一○年に初演されたオムニバス『図書館的人生VOL.3 食べもの連鎖』に納められた「人生という、死に至る病に効果あり」を長編に改稿した舞台である。初演からこの魅力的な題材は、群を抜いていた。人類が誕生してから現在まで、決して手にすることができなかった不老不死の可能性を問い詰めている。
ジャーナリストの寺泊(安井順平)は、妻の優子(太田緑ロランス)に紹介されて料理研究家の橋本(浜田信也)の教室を訪ねる。菜食主義に至ったその来歴を聞くうちに寺泊は、橋本の数奇な物語に引き込まれていく。
本来ならば当年一二二歳になる橋本は、戦前に独創的な食事療法を提唱した医師、長谷川卯太郎その人だった。前川の作は巧妙な作劇を仕掛けている。この不老不死の物語を聞く寺泊は、現在難病をかかえており、子供も幼い。この奇妙な食事療法を実行すれば、自らの死が回避できるかも知れない。そんな寺泊の切実な動機によって、信じがたい物語が説得力を持つ。
『太陽』でも日の光が主題のひとつとなっている。太陽を忌避しなければならぬ宿命となった人間の屈折もまた胸を打つ。
現在を過去を交錯させる前川の劇作、小道具を巧みに用いて過去が現在へとなだれこんでいく前川の演出。いずれも「騙り」の技術に裏打ちされている。
ストーリーテラーによる奇譚に終わらないのは、なぜか。食事は人間の生命の根幹にあり、安全で危険の少ない食材は、富によって独占されかねない。いや、現在でも寡占されているのではないか。そんな問いが頭をもたげてくるからだ。他者を犠牲にすることによって、自らの生存をはかる。そんな人類の残酷な歴史までもが、この食をめぐる物語には凝縮されている。小野ゆり子が巧みな演技を見せる。明晰な村岡希美の台詞回し。六月四日まで。

【劇評77】取り残された白人たち 松岡昌宏の感情

現代演劇劇評 平成二十九年五月 紀伊國屋ホール 

アメリカの闇は深い。
ひとつにはできないのは承知しているけれども、マンハッタンとその周辺。地方中都市とその周辺には、抜き差し難い裂け目があって、人間たちを蟻食地獄へ呑み込んでいる。
J.D.ヴァンスの『ビルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)を読んで、オハイオ州の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」の物語は、衰えたといえども世界経済に君臨しているはずのアメリカが、いかに困難を抱えているかを教えてくれた。
続いてジャン・パトリック・シャンリーの『ダニーと紺碧の海』(鈴木小百合翻訳 藤田俊太郎演出)を観た。ここにはニューヨーク州の北端にあり、マンハッタンからほど近いブロンクスの八十年代が描かれている。プアーホワイトに属するダニー(松岡昌宏)は、トラックの運転手だが、会社や同僚とトラブルを起こし、昼間から飲んだくれている。カフェで偶然出会ったロバータ(土井ケイト)は、離婚歴があり小さな子供を抱えているが、家庭内で深刻なトラブルを抱えている。怒りに取り憑かれた男と罪悪感にとらわれて深い悲しみをたたえた女が、一夜をともにする。
ここには、生まれながらに、社会と適応する条件に恵まれなかった人間がいる。いかにあがいても、この土地から出ていくのはむずかしい。夢想のなかでしか快適な生活は送りようもない。社会や他人への不満、自己嫌悪と厭世観の強固な檻のなかに、蠢いているほかはない。
演出の藤田俊太郎は、この二人芝居を単調な葛藤の劇にはしない。それぞれのキャラクターを決めて、対決と決裂、そして和解を描くだけでは終わらせない。ふたりがこのブロンクスのリングのなかで、刻々と間合いを変え、力関係を秤にかけ、役割を入れ換えながら、まさしく人間らしくあろうと生きていく姿を描き出す。
思い出深い場面がある。一夜の恋、一夜の夢、将来の期待を手にしたかに思えるふたりは、ひとつのベッドで眠る。ベッドサイドには、白いドレスを着た人形が置かれている。明かりが落ちる。眠りのとき、休戦のときがきた。そのとき人形は上からの光に照らし出される。まるで、ふたりの夢がひとつになって、幸せな結婚生活が約束されているかに見える。
けれども、現実はそれほど甘くはない。翌朝ふたりは、よりシビアな闘いへと進んで行く。松岡は凶暴な獣が、いかに愛情に餓えているかを、叩きつけるような感情とともに表現する。土井は人生をあきらめかけた女性が、いかに絶望し、根こそぎ希望をはぎ取れているかをあからさまにする。ふたりは俳優として自らをさらし、他人を演じることで、自らを発見する。その勇気と熱意と忍耐が観客を打つ。
私が観た回は初日近かった。音楽の使い方、ふたりの位置関係など、いささか甘い演出が目立った。ふたりに明るい未来が待っているかのような大団円であった。けれどと私は立ち止まる。二日間の闘いと和解は、これからの生活の序章にすぎないのではないか。大団円の向う側に、決して楽観できない未来がほのみえた。紀伊國屋ホール二十一日まで。兵庫県文化センター二十八日まで。

2017年5月27日土曜日

【劇評76】音羽屋坂東の輝かしい春

歌舞伎劇評 平成二十九年五月 歌舞伎座夜の部

仕事が立て込んで、歌舞伎座の夜の部を観るのが千龝楽の前日になってしまった。一部の演目をのぞくと、初日と千龝楽の前日に観たことになる。このあいだ、つらつらと考えていたのは、平成二十七年の二月に亡くなった坂東三津五郎の存在についてであった。十代目三津五郎は、先代三津五郎とともに、菊五郎劇団で育っている。今月の團菊祭は、亡き梅幸と羽左衛門の追善だから、もし、健在であれば、一座に加わっていたろう。
こんなことを繰り言のように話すのは、老人めいていやなのだが、芯をとったとしたらどんな役を出しただろうとか、今月出た演目では、あの役、この役が当り役だったなあとか、もし教えを乞われたなら、この役あたりは三津五郎が教えただろうなと、どうしても思わざるをえない。せんない思いがふつふつと浮かび上がってくるのは、歌舞伎の世代交代が、否応もなく迫っているからなのだと思う。
夜の部は『対面』から、初代楽善の小林朝比奈、九代目彦三郎の曽我五郎、三代目(坂東)亀蔵の近江小藤太、そして彦三郎の長男六代目亀三郎が初舞台で亀丸を勤める舞台である。工藤は菊五郎、十郎は時蔵、大磯の虎に萬次郎、化粧坂少将に梅枝、鬼王新左衛門に権十郎と劇団幹部、そして近い親類で固めた配役となった。初日では、五郎の持つ力感が力余って四方に飛び散っていたが、さすがに千龝楽近くなると、カドカドのキマリが定まり、方向性も定まってきて、よい五郎になった。なにより荒事の一役であるから、「怒」の一字を忘れず、エネルギーを惜しまず、全力で勤めている。歌舞伎で芯を取ることの大切さがよくわかる。自信と充実が新・彦三郎にみなぎっていた。
もとより菊五郎は本来、十郎の役者だが、工藤に回る。座頭として当然の配役だが、威厳とともに、優しさがほの見える工藤になった。時蔵の十郎は、女方だけに優しく柔らかく、弟五郎の荒々しい振るまいを見守っている。初舞台の亀三郎は、しっかりとせりふをいって、舞台終わりの口上でも、姿勢がよく場のタイミングを読んでいて頼もしい。四人の襲名で、音羽屋坂東の輝かしい春となった。
続く『伽羅先代萩』は、「竹の間」を欠き「御殿」から。「飯炊き」が出ない。
菊之助が、政岡を勤めるのは、二度目。新橋演舞場で平成二十年だったから、ほぼ十年前。若さ故の勢いがあり、我が子を嵐のような熱情の末に、結果として犠牲にしてしまった哀しみがあった。今回はよりスケールが大きく、すべてをわかっているにもかかわらず、悲劇に巻き込まれていく。我が子千松に、大事があったときは「な」と言葉にはせずにいい含めるときの切なさ。女性官僚であるゆえに、我が子大事では生きられぬぎりぎりの状況を描線太く描き出した。お主のためお家のために、職務を果たさなければならぬ責任感と、我が子千松と若君鶴千代をともに心の底から大切に思う情感。このバランスをひとつに決めて一貫させるのではなく、微妙に変化させながら、足利家の権威、栄御前に立ち向かっていく。
覚悟と気迫が素晴らしく、この十年後には、さらなる進境が期待されるほどの出来である。
八汐に歌六、沖の井に梅枝、松島に(尾上)右近、栄御前に魁春。「竹の間」が出ていないために、沖の井、松島のしどころが少なく残念であった。魁春はさすがの貫目で、ときに猛禽類のような鋭さを閃かせる。
続く「床下」では、海老蔵の仁木弾正と松緑の男之助が見せる。海老蔵はスッポンの出から、花道の引っ込みまで妖術を使う男の怪しさ、不気味さ、得体の知れなさを発散させる。
さらに「対決」では、梅玉の細川勝元がすぐれている。捌き役といっても、さわやかな弁舌ばかりを強調するのではない。海老蔵らの悪と、山名宗全(友右衛門)の贔屓振りに対して、毒舌でさりげなく追い込み、ついには肩衣を跳ねるまでもっていく手順にすぐれていた。市蔵の外記、右團次の民部。
大詰の「刃傷」は「対決」とは気を変えて、政岡による八汐の殺害と対になる。外記が仁木を指すのは、悪はおのずと滅んでいく、その天命がこの世にはあるのだという思想であろう。ここでも海老蔵が新たな境地を見せる。これまでは暴力性と野性が放縦にあって魅力的だったが、巨悪のありようがより内面化されて深いものに見えてきた。単なる野獣の暴走ではなく、悪が仁木弾正の身体に巣喰っているのだ。そう思わせるだけの深化があった。
切りは松緑と亀蔵による『浅草祭』を通す。『三社祭』だけでも肉体的に過酷な踊りだが、四変化を全力で踊り抜く。「石橋」でも奮闘している。亀蔵の踊りは、規矩正しく、正確に踊ろうとひたすら勤めていて好感が持てる。
三津五郎はこの真面目な踊りを見たとしたら、きっと喜ぶだろうな。そんなこと思いつつ歌舞伎座を後にした。

2017年5月15日月曜日

【閑話休題64】蜷川幸雄の一周忌と蜷川実花の「美しき日々」。遠い声、遠い部屋

 蜷川幸雄が亡くなって一年が過ぎた。
そのあいだ私は一冊の本を書いた。
『権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代』と題した一冊で、四月の終わりには書店に並んでいた。
この本を書こうと思ったのは、いくつかの理由がある。
なによりも自分自身の老いを感じているからで、体力、気力、そして記憶力も昔のようではない。時間が過ぎるにつれて、私の人生によってかけがえのない蜷川さんの舞台の記憶、個人的な交友の記憶も失われるだろうと思ったからだ。
前年に書いた勘三郎と三津五郎の場合は、まだしもメールのやりとりがある。なんらかのやり方で保存すれば、後世に残せる。けれど、蜷川とのやりとりは、面と向かってか、電話に限られていたので、あとかたもなく消え去ってしまう。そんな怖れがあった。
命日だからなあ。墓参りもどうかと思ったが、私は蜷川のお墓がどこにあるのか、お墓があるのかも知らない。月曜日には一周忌の会が、彩の国さいたま芸術劇場である。そのときに対話すればいい。そんな気持もあった。
ふっと思い立って、蜷川幸雄の長女、実花の写真展「うつくしき日々」に行った。御殿山の原美術館である。私は東京芸術大学に勤務しているから、実花さんは遠い存在ではない。美術の、そして写真の大スターで表現の幅を篠山紀信より更に広げるだけの度量を持っている。
二十年ほど前になるだろうか。
あまりにも前なので、いつだったかよく覚えていない。
蜷川幸雄に「実花さんの色彩は、蜷川さんを超えてますね」と雑談の席で言ったことがあった。
大きく笑ったのちに、
「前にね、蜷川先生いらっしゃいますかと電話がかかってきて、僕です、と応えると実花なんだよな」
と、自慢げに語っていたのを思い出した。  

「うつくしき日々」は、よく構築された展覧会だと思う。原美術館の狭い空間は扱いにくいと思うが、よく考えられている。そんな細部はまあ、いい。なにより、まず、実花による文字表現がある。文藝としての断章に、写真がその響きを受ける。私たちは言葉の残照のなかで、写真の具体と抽象のただなかで、思いをめぐらしている。
父、蜷川幸雄とは直接関係ない風景写真、とくに桜さえもが、日本的美意識の化身に思える。
咲く。散る。
人は必ず死ぬということ。私も死ぬ。あなたも死ぬ。それを見ているそなたも死ぬ。犬も死ぬよ、猫もね。人は次の季節まで生きられるかどうかを、つねに問われているということでもあった。人の定めにはあらがえない。
写真家は、生と死の峻厳なありようを知りつつ、シャッターを押した。
冷厳な関係性が、撮影者と被写体を結び、深い結びつきがあることの哀しさ、そしてあえていえば歓びが、「うつくしき日々」の連作を貫き、響き、揺らぎ、私たちをほんのすこし傾かせる。
傾きが頂点に達したときに、原美術館の窓に目を向けて、新しく生まれた庭のさかんな緑にこころを遊ばせると、ふたたび傾きが少し直線へと戻る。傾きは左から右へ、右から左へ、頭から足へ、足から頭へ。傾きの。
しっかりと気丈を持って世界へ挑め、と私は蜷川幸雄に教わったように思う。それは、日本的な美意識に溺れるなとの忠告でもあった。私はその教えにどれほど忠実であったかはわからない。今回書いた『権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代』も、日本にあること、その季節を甘受することを重く見て、目次を作った。私は世界への通路を見つけられずに終わるのだろう。
けれども、この写真展は明らかに異なっている。桜が散る哀しさに父の死を重ねあわせる悲嘆に終わっていない。
大切な一枚がある。横断歩道の前にふたりの人影がある。それは構図からすると撮影者とその同伴者に思える。間違いかもしれないが、蜷川実花とその長男は、死の刻限に閉じ込められているかに思える。写真という墓標が人間の前にそびえたっている。
けれど、今回の個展は、父の死を甘受し、甘い陶酔にいる境地にはない。偉大な表現者の死を受け入れ、父のいない時代へ踏み出しているのか。いや、踏み出そうとしているのだろうか。
その歩みをとどめる覚悟。
けれど、幼い子供の力をかりて、幼い子供の手をかりて、私たちはたちどまり、ふっと足や手に、そして全身に、なにか力が動き出しているのがわかる。
ほんの少しの動きが、世界を変えていく。



2017年5月7日日曜日

【劇評75】菊五郎劇団のDNA 音羽屋坂東の襲名と寺嶋眞秀初お目見得。

 歌舞伎劇評 平成二十九年5月 歌舞伎座昼の部

五月の團菊祭は、七世尾上梅幸二十三回忌、十七世市村羽左衛門十七回忌追善の興行である。梅幸はもちろんだが、羽左衛門が亡くなってもう十七年も過ぎたのかと思うと溜息が出る。そのあいだに鬼籍に入った名優は数多く、梅幸、羽左衛門の時代と比較して歌舞伎がいやおうもなく変化しているのはいうまでもない。羽左衛門は自らの藝、一門の藝ばかりではなく、菊五郎劇団の若手たちに対しても厳しい指導を行ったことで知られている。こうした「怖いおじさん」が歌舞伎界にほとんど見当たらなくなってしまったのも、歌舞伎の現状に影響を与えているのだろう。
さて、昼の部は、亀三郎改め九代目彦三郎による『梶原平三誉石切』。もちろん彦三郎の名跡を長男にゆずった初代楽善、亀寿から三代目(坂東)亀蔵が、それぞれ大庭三郎、俣野五郎を勤める。もとより家の藝で、十五代目羽左衛門の型を採り、あくまで颯爽たる武者として演じている。新・彦三郎は、口跡、姿、所作いずれもこの役にふさわしい。生締の分別、思慮よりは、この場を鮮やかに切り抜け、六郎太夫(團蔵)とその娘、梢(尾上右近)の難儀を救う美丈夫としての色が強い。これから回を重ねるうちに、独特の光彩が与えられていくのだろう。囚人の剣菱呑助に松緑、奴菊平に菊之助がつきあう。
それにしてもこの演目、梢が六郎太夫の命により刀の折紙を取りに戻ってから、大庭三郎、俣野五郎が舞台を去るあたりまで、言い方が悪いが意識が遠くなる。もちろん寝ているわけではない。どこか台詞が入ってこない。このあたりの沈鬱な空気があってこそ、手水鉢を二つに割る大団円が生きてくるのだろう。劇作の難しさを思う。
新・彦三郎、亀蔵の世代が大きな役を勤めてこそ、将来の歌舞伎に展望が開ける。それだけの素質と努力がそなわっている。ふたりには楽善が健在なのがありがたいが、菊五郎劇団全体で考えれば、役の伝承にあたって三津五郎が欠けたのがあまりにも痛い。その損失の大きさを改めて考えさせられた。
次は、めずらしく義太夫の地による『吉野山』。いわずと知れた『義経千本桜』の道行だが、桜の満開に静御前(菊之助)と狐忠信(海老蔵)が主従ながら道行をする情景を描いた舞踊である。
今日、数多く上演される清元の地と比べると重みがあり丸本物狂言の原型があり、語りといっても竹本と豊後節浄瑠璃の性格の違いを考えさせられる。男雛女雛として決まるときの陶酔感はないが、軍物語の描写に強く引かれる。静御前が舞台中央の大木から出て、狐忠信が花道のスッポンから出るが、義経の愛妾とその持ち物の鼓を慕う狐の関係性よりは、幻想の男女が桜が満開の吉野山、その雲の上で戯れに踊っているかのような気分が横溢していた。
切りは、菊五郎の『魚屋宗五郎』である。もはや名品とよびたくなるアンサンブルの充実がまずある。時蔵のおとく、團蔵の太兵衛、権十郎の三吉、萬次郎のおみつと揃って菊五郎の宗五郎を支えている。また、梅枝のおなぎ、丁稚の与吉の寺嶋眞秀まで菊五郎劇団のDNAが着実に伝えられている。
菊五郎の宗五郎は、飲み始めてから生酔いのあいだが特に自然で酒飲みの特長をよく捉えて自然である。また、磯部屋敷の玄関での悪態から一転して、庭先の場での照れまで、劇作上は荒唐無稽であるにもかかわらず、流れがよく、さらさらとした名人の趣が強くなってきた。
菊五郎孫の寺嶋眞秀は初お目見え。せりふもきちっと強く、なにより姿勢がいい。幼さで受けを取るのではなく、芝居で取ろうとする意志がある。花道の引っ込み、大向こうから「よく出来ました」と声がかかったのはご愛敬。客席のだれもがうなずいた。二十七日まで。

2017年5月5日金曜日

【劇評74】霊的存在による法の秩序の破壊 宮城聰演出『アンティゴネ』

 現代演劇劇評 平成二十九年五月 駿府城公園紅葉山庭園前広場 特設会場

宮城聰演出の『アンティゴネ』(ソポクレス作、柳沼重剛訳)が、この七月、フランス・アヴィニョンの演劇祭でオープニングを飾ることになった。場所は法王庁中庭で、今回の演劇祭ではもっとも格式の高い位置づけとなる。こうした国際的な一線の場に、アジアの演出家が立つこと、しかも、東京ではなく静岡を拠点とするSPACが招聘されたことは、日本の現代演劇史にとってエポックメイキングな出来事である。
新しい演出がまずは静岡で提示され、練りになったあげくフランスへと渡る。ふじのくに⇄せかい演劇祭2017において、新演出の『アンティゴネ』が上演された。法王庁中庭の三分の一の規模ではあるけれども、圧倒的なスペクタクルとなった。ここで作られた演出の原型は貴重なものであり、新演出の初演に立ち会える幸福を思う。

フランスでの上演と聞くと、ジャン・アヌイの『アンチゴーヌ』が真っ先に浮かんだ。けれども、今回の上演は、こうした現代的な翻案とは一線を画している。

宮城聰の演出は一言でいうと、霊的な存在による法的秩序の破壊にあると私は考えている。代表作である『マハーバーラタ』『王女メディア』『天守物語』も、この文脈に沿って演出が施されている。しかも、ここでいう法的秩序というのは、明治期に日本の近代が成立したときに、男性によって作られた明治憲法や刑法、民法が容易に想起できる。

今回の『アンティゴネ』は、舞台前面に浅い水が張られている。飛び石が中央を頂点に、左右に置かれている。中央はアンティゴネ(本多麻紀スピーカー、以下S、美加里、以下M)とイスメネ(榊原有美S、布施安寿香M)舞台上手はクレオン(阿部一徳S、大高浩一M)舞台下手はアンティゴネの婚約者ハイモン(若菜大輔S、大内米治M)の座となっている。船に乗った僧(貴島豪)の送り火によって、死者の世界から合唱隊(コロス)と演奏隊が呼び出され、送り火の中で死者を弔う「音頭」と「踊り」に囲まれて、アンティゴネの悲劇が進んで行く。
それは、このような物語であった。放浪のあとにテーバイに戻ったアンティゴネは、ポリュケイネス(三島景太)、エテオクレス(武石守正)の争いに立ち会う。ふたりの死後も、ポリュケイネスは反逆者としてクレオンの命によって弔うことを禁じられる。それに反発したアンティゴネは、王クレオンの命令に背き、兄ポリュケイネスを弔い、投獄されたが自ら命を絶ち、アンティゴネとハイモンは死んでいく。

ソフォクレスは神と人間の世界がもはやひとつとはいえなくなった時代を描いている。言いかえれば、国を統治する王は、かつての神のように大胆不敵、自由奔放に世界を破壊したり再生することは、もはや許されていない。その過渡期の世界を孤立した「座」に登場人物を置くことによって、だれも正義を具現できない現実が、いかに不自由で、行動がまなならないかを示している。
宮城がここで表そうとしているのは、単に、独裁政権の無法であり、だれも責任を取ることができなくなってしまった世界秩序の崩壊ではなかった。こうした現実のなかで人々は霊的な存在、超自然的な力をふたたび思い起こすことによって、人間が本来持っていた原理を取り戻すしかない。そう語っているように思われた。
ただし、問題もある。これは原作自体にある問題だが、婚約者であるにしても、アンティゴネとハイモンがなぜ共振するのか、具体的に言えば、なぜハイモンは父クレオンを痛烈に批判し、アンティゴネに殉じようとするのかが不分明である。
ひとつの鍵となるのが、エロスの問題だろう。アンティゴネが死を覚悟したとたん、いつまでも続くはずの生が宙づりになり、アンティゴネとハイモンのあいだに陶酔的なエロスが生まれた。劇中ではエロスを題材にした音頭が歌われるが、この身をよじるよう歓びが、登場人物の身体言語によって共有されれば、劇をより強く動かすだろう。
また、アンティゴネとハイモン、このふたりさえも決して十全には理解しえないとしても、一瞬の交錯、そして自死によるその消滅が描かれてこそ、宮城演出の『アンティゴネ』は、さらに強靭にして繊細な舞台となるだろう。

舞台中央、石の頂点にアンティゴネがあがり、太い杖が石に突き立てられた。父オイディプスは、ふたりの息子ポリュケイネスとエテオクレスが争うようにと言葉を残した。『アンティゴネ』の前編にあたる『コロノスのオイディプス』では、放浪するオィディプスは、アンティゴネに手を引かれていた。この杖はオィディプスがかつて持っていた王権のしるしのように思え、ギリシア神話の世界が開かれて、私たちのもとに届いたかのような幻想を味わった。
そして、舞台を占める暗い水がなんと恐ろしいことだろう。演者の足を濡らし、凍えさせるばかりではない。舞台全体がまるで冷ややかな冥府と成り果てた地球の隠喩のようにも思える。人は孤立した石の島にようやくへばりついて、その境界の内部へと閉じこもっている。国家と国家は深刻な対立へと傾き、個人のこころとこころは隔てられている。今こそ、水に濡れることを怖れず、飛び石を超えて語りにいく勇気を持たなければならないとこの作品は語っていた。
演奏はいよいよ快調、音楽棚川寛子。独創的な空間構成は木津潤平。衣裳デザイン高橋佳代。照明デザイン大迫浩二。ヘアメイク梶田キョウコ。七日まで。駿府城公園紅葉山庭園前広場 特設会場。